【傷害予防シリーズ1】肉離れ
先日お知らせした傷害予防シリーズ,第1弾のハムストリングス肉離れに関してです!
病態,発生機序/要因,治療法,予防法の順に解説していきます.
●病態:肉離れとは?
肉離れは受傷経験に基づく通称名であり,
「スポーツ動作中,急に筋肉が切れたように実感し,痛みを感じ,プレーの継続が困難となる状態」
に対して使われます. (奥脇,2009)
専門的には筋損傷や筋断裂と言い,英語ではmuscle strain injuryなどと言われます.
筋肉そのもの(筋線維)がブッツリと切れることは稀であり,筋腱もしくは筋腱膜移行部での損傷が多いと最近では報告されています. (奥脇,2019)
肉離れはハムストリングス(太もも裏)で最も多く,スプリンターであれば「ハム肉った!」と聞くとヒヤヒヤしますよね.
そのため,以下の内容では,「肉離れ」は「ハムストリングス肉離れ」を指しているものとします.
一旦肉離れをすると,直後はどう頑張っても走るのが難しいことが多いです.
仮に鎮痛薬(痛み止め)やテーピングを使っても(そもそも無理して競技することは推奨できませんが),走る動き自体困難なことが多いです.
競技者にとっては致命的な傷害で,ハリや違和感を感じた時点で大会や練習を回避するというトップ選手のニュースもよく目にするのではないでしょうか?
肉離れの最大の問題は,再発率が高いことにあります.
再発率は陸上競技選手を対象とした報告では13.9%(Malliaropoulos, 2011),また,大学生の陸上競技以外も含むアスリートにおいては37.7%(Dalton, 2015)と報告されています.
そのため,適切な対応をして,しっかりと治さなければ,再発を繰り返し最悪の場合は競技人生に関わってしまいます.
●発生機序/要因:接地前後での受傷が多い
肉離れは,筋肉が急激に引き伸ばされながら力を発揮した時に生じると考えられています.
受傷の仕方は2パターンあり,走っている時の受傷(スプリントタイプ)と,急激に筋肉が伸ばされる動作(オーバーストレッチングタイプ)に分けられます.
陸上競技ではスプリントタイプが圧倒的に多く,特に接地前後での受傷が多いと考えられています(Higashihara, 2015; Higashihara 2016).
肉離れの発生には多くの要因があり,ハムストリングスの柔軟性や筋力の低下,体幹の安定性低下,疲労,筋腱構造の影響,そして過去の肉離れ受傷歴などです(Mendiguchia, 2012).これらが複合的に関与しているため,肉離れの発生を予測することは容易ではありません.また,単一のリスク因子として科学的根拠が示されているのは「過去の肉離れ受傷歴」であること(Fleckleton, 2012)からも,予防の難しさが伺えます.
肉離れ予防を目指したトレーニングも重要ですが,肉離れ後に適切な治療・リハビリをすることが重要と言えます.
●治療法:初期対応と適切なトレーニングが重要!
実際に肉離れした場合の初期対応はいわゆるRICEが基本になります.
※RICEとは,Rest(安静),Icing(冷却),Compression(圧迫),Elevation(挙上)の頭文字をとったもので,外傷後の初期対応を示します.
損傷した筋組織が治癒するには一定の時間がかかります.
どれくらいの期間かは損傷型(部位)や損傷度(いわゆる重症度)によって異なる(奥脇,2019)ため,病院でしっかりと診断してもらうことが重要です.あくまで目安ですが,軽症で2週間程度,中等度で6週間程度,重症で3ヶ月程度と報告されています.
肉離れ後に特に重要なのは
① 初期対応:直後のアイシングと,その後の圧迫をいかに徹底できるか
② 適切なリハビリ:急激に負荷をかけすぎない,安静にしすぎず段階的に負荷をかけていく
例えば,はじめのうちにアイシングや圧迫をしないと,損傷した部分の出血が多くなってしまいます.
また,損傷部は徐々に正常に近い形に修復していきますが,そのためには適切な負荷(ハムストリングスのストレッチングや筋トレ)が重要と言われています.適切な負荷が治癒を促進しますが,逆に急激な強い負荷をかけると再損傷してしまいます.
悪い例:痛みが引くまではハムをなるべく使わないようにする
→痛みが引いたらジョグや流しから徐々に走り始める
→痛みに合わせてスピードを上げていく
良い例:受傷直後はしっかりとアイシングを実施
その後しっかりと弾性包帯で圧迫して生活する
定期的にアイシングの時間を作る
→ストレッチングと,自分の足の重さで膝を動かす運動を開始
→ハムの筋トレを段階的に行う.力を入れた際の痛みや違和感が無くなったらジョグを開始し,段階的にスピードアップ
→ハムの筋力,柔軟性の改善を確認できたら全力疾走へ
良い例で示した流れは自己判断のみでは限界があるため,病院での医師の診断のもと,専門的知識を有する理学療法士やアスレティックトレーナーと相談しながら進めるのが理想と言えます.
●予防法:ハムストリングスのトレーニング,体幹や股関節との連動
前述したように,肉離れの予防にはコレが良い!という科学的に一致した見解は現状では無いです.
そのため,予防に重要と考えられている要素をいくつか紹介します.
① ハムストリングス自体の柔軟性と筋力の改善
② 体幹や大臀筋(お尻の筋肉)とハムストリングスの協調性
③ 疲労の考慮
④ フォームの影響
① ハムストリングス自体の柔軟性と筋力の改善
ハムストリングスは外側と内側に別れており,また,膝と股関節をまたいでいる筋肉のため,様々な角度でストレッチすることが重要です.
また,筋トレに関しては,ハムストリングスにしっかり負荷を与える様々なトレーニングがあります.
② 腹筋や大臀筋(お尻の筋肉)とハムストリングスの協調性
ハムストリングス自体の筋力や柔軟性が保たれている前提で,腹筋やお尻の筋肉も重要となります.
ハムストリングスは股関節をまたぐ筋肉であり,腹筋が弱いと骨盤が安定しなかったり腰が反ったりすることで,ハムストリングスへの負担が増加してしまう恐れがあります.
また,ハムストリングスと大臀筋は股関節伸展に関わる協働筋であるため,大臀筋が弱かったり上手く使えない場合には,ハムストリングスに負担が集中してしまいます.
先ほど示した筋トレ例においても,腹筋や臀筋を意識することは重要となりますし,腹筋や臀筋の個別トレーニングが必要になることもあります.
③疲労の考慮
近年では疲労が肉離れのリスクとなることが指摘(Ruddy, 2018; Bengtsson, 2019)されています.ハムストリングスに疲労が溜まっていると感じている際には,アップを入念に行ったり,練習後のダウンやケアを徹底するなど工夫が必要です.
④ フォームの影響
走る際のフォームは肉離れに影響すると考えられています.後ろに足が流れる,反り腰になる,体幹の前傾が大きいフォームは肉離れリスクになると考えられています.ですが,明確な科学的根拠を示した研究は未だ少ないのが現状です.
また,フォームの改善は容易でなくパフォーマンスを落としてしまう恐れもあります.そのため,改善するかどうかは指導者の方と相談が必要でしょう.
●まとめ
肉離れは再発が多く,適切な初期対応とリハビリが重要.
予防には,ハムストリングス自体の筋力や柔軟性に加え,腹筋や臀筋も重要である.疲労やフォームの影響も考慮する必要がある.
以上,長くなってしまいましたが,それでも肉離れに関するほんの一部の情報提供です.また,わかりやすく記載するため一部専門用語を避けたり,先行研究の一部のデータのみを紹介しています.
わかりにくい部分やご指摘がありましたら,コメント欄をご活用ください.
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