【傷害予防シリーズ10】膝前十字靭帯損傷・半月板損傷


予防シリーズの最後は膝前十字靭帯損傷と半月板損傷です。

手術が必要になることが多い重篤な怪我ですが、陸上競技での発生は少ないため見逃されてしまうこともあるので、多くの方に是非知っていただきたいです!


●前十字靭帯(ACL)損傷とは?

前十字靭帯(以下ACL)は膝関節の中にあり、大腿骨に対して下腿の骨が前方に動いたり、異常に内側に捻じれたりといった、膝の過度な可動性を制限しています。

しかし、強い力で靭帯が引き伸ばされると断裂してしまい、膝が不安定になり、亜脱臼(膝崩れ)を起こしやすくなってしまいます断裂したACLは自然治癒しないため、手術が必要になる場合が多くなります。半月板損傷と同様、競技者にとっては選手生命を左右するような大きな傷害ですので、普段から予防をすること、もし受傷してしまった際に適切な治療を受けることが重要になります。


受傷機転

受傷機転は、①接触型損傷と②非接触型損傷に分かれます。

陸上競技の場合、接触型はまれで、方向転換・ストップ・着地動作などで、足をついて踏ん張った際に姿勢が崩れ、膝が急激に外反(Knee in:下の図を参照)したり、捻じれたりして受傷する、非接触型が多くなります。

陸上競技では、やり投での受傷が多い印象です。また、冬季練習でのバスケットなどの球技や、馬跳びなど、普段と異なる陸上以外の動作で受傷する選手もいます。


診断

受傷機転の聴取、腫れや熱感などの炎症症状や可動制限などを確認します。また、Lachman testなどの特殊検査、MRIによる画像所見などにより診断します。レントゲンや徒手検査だけでの確定診断は難しいので、ACL損傷が心配なときにはMRI検査をしてほしいと医師に伝えるか,専門の病院を受診することをお勧めします。


治療選択

ACLが断裂した膝は不安定で、スポーツ動作などを行うと、大腿骨に対して脛骨にズレが起こりやすい状態です。大きくずれると膝崩れ(giving way)となり、半月板などの組織を損傷することもあり、スポーツを継続するうえで大きな問題となります。また、前述したように損傷したACLの自然治癒は期待できません(例外を除く)。

そのため、スポーツ選手には手術療法が第一選択となります。


手術療法

 ACL再建術が一般的です。太ももの後方にある半腱様筋の腱や、膝前方の大腿四頭筋の腱を使うなどしてACLに代わるバンドを作り、大腿骨と脛骨にバンドを通す穴(骨孔)をあけて埋め込みます。


術後のリハビリテーション

 手術を終えたら、元通りの生活やスポーツができるよう、関節可動域や筋力を回復させ、正しい膝の使い方を獲得するためのリハビリを行います。術後のリハビリは、病院の理学療法士の指導の下で行うことになると思いますので、簡単に触れる程度にいたします。

 術後早期は再建した靭帯や、靭帯を通した骨のトンネル(骨孔)に負担をかけないよう、軽度の可動域運動(ヒールスライドなど)や筋力トレーニング(SLRなど)から開始します。再建靭帯や骨孔の成熟を待ちつつ、徐々にリハビリの内容をアップしていきます。この時期には、ニーインなどの膝のねじれが生じる姿勢を修正していきます。術後3か月頃からジョギングなど軽度のスポーツ動作練習を開始し、徐々に運動強度を高め、6か月から9か月頃のスポーツ復帰を目指します。


ACL損傷(半月板損傷)の予防

 ACL損傷や半月板損傷はスポーツ選手によく起こる疾患ですが、手術からスポーツ復帰までの道のりは険しく、リハビリ期間も長いため、受傷しにくい身体をつくっておくことが重要です。サッカーなどのような前十字靭帯損傷が多い競技団体では、ACL損傷予防プログラムを作成しています。陸上競技とは競技特性がやや異なりますが、いくつか抜粋して以下にご紹介しますので、参考にしていただければと思います。

①体幹トレーニング

②ハムストリング強化

③片足立ち

・ 片脚立ち

・ 片脚スクワット

・ 片脚バランス


④ジャンプ

・ 垂直ジャンプ

・ サイドジャンプ

・ バウンディング



●半月板損傷とは?

半月板とは、膝関節の中にある線維軟骨組織です。大腿骨と脛骨の間に、内側と外側に一つずつ存在しています。

上から見ると三日月様の形態をしており、膝の関節面の大部分を覆っています。膝関節にかかる衝撃の吸収、大腿骨と脛骨の適合性の強化、関節の動きの円滑化などに貢献しています。


一般的には、体重がかかった状態で膝に外反や捻じれ(Knee in)が起こった場合、または膝が過度に曲がった場合や伸びた場合に受傷し、スポーツ場面では、ジャンプや切り返し動作でリスクが高くなります。また、微細なダメージが繰り返し加わることで受傷する場合もあります。

半月板損傷が起こると、関節の腫れ、痛み、可動範囲の制限が出現します。また、損傷した半月板が挟まって膝が伸びなくなる“ロッキング”という症状を呈することもあります。


診断

 診断は、受傷時の状況の聴取や診察室での検査、MRI撮影にて行われます。半月板損傷は痛みの部位が明確なのが特徴で、膝関節の内側もしくは外側に発生します。


手術療法

 半月板損傷の治療は、手術療法と保存療法に分けられます。しかし、手術以外に症状の回復が見込めないことが多いため、今回は手術による治療をご紹介します。

 手術には、半月板縫合術と切除術とがあります。縫合術は半月板の損傷部を縫い合わせてもとの形状に戻すもので、時間はかかりますが機能の回復が見込めます。ただ、思春期以降の半月板は、外側の辺縁部では血行が豊富ですが、血行に乏しい中央部の断裂は、縫ってもくっつきません。この場合は、切除術の適応となります。切除術は早期にスポーツ復帰が可能ですが、損傷部を切り取ってしまうため、半月板が一部無くなり、機能が低下します。将来的に膝の関節軟骨への負担が増加し変形性関節症になる危険性が高くなると考えられています。

 そのため、近年では可能な限り縫合術を行って半月板機能を温存することがスタンダードになっています。


術後のリハビリテーション

①半月板縫合術後のリハビリテーション

 手術後は、医師や理学療法士の監督のもと、綿密に再受傷リスクを管理しながらのリハビリテーションが必要となります。

 縫合部は修復に時間がかかるため、初期のうちは、SLRのように、荷重量や可動範囲を制限したうえで、筋力トレーニングなどを行います。

 その後、全体重をかけてもよい時期になれば、スクワットやランジなどのトレーニングを開始します。この際、受傷しやすい肢位である膝の捻じれや外反などが起こらないよう、十分に注意する必要があります。

 腫れや痛みがなく、膝の捻じれなどを抑えられるレベルの筋力がついてきたら、ジャンプやジョグなど、スポーツに近い動作を取り入れ、5~6か月程度で完全復帰を目指します。


②切除術後のリハビリテーション

切除術の場合、手術直後から全体重をかけての動作が可能であり、可動範囲も制限しない場合が多いため、縫合術よりも早期から積極的にリハビリテーションを進め、術後1~2か月程度でのスポーツ復帰を目指します。ただ、半月板が一部なくなっているため、関節内が傷んでいくリスクが高い状態となります。捻じれなど、膝関節内に負担となる動作を避けられるよう、十分に筋力トレーニングなどのリハビリテーションを積む必要があるでしょう。


③半月板損傷の予防

前十字靭帯損傷の予防項目と重複する部分が多いため、そちらをご参照ください。



以上、ACL損傷、半月板損傷に関するまとめでした。わかりやすく記載するため一部専門用語を避けたり、先行研究の一部のデータのみを紹介しております。わかりにくい部分やご指摘がありましたら、コメント欄をご活用ください。

傷害予防シリーズはこれで一旦ひと区切りとなります。今後も陸上競技に取り組む皆さんに有益な情報を提供できるよう、HATTは活動を継続していきます!

HATT 北海道陸上競技トレーナーチーム

HATT (Hokkaido Athletics Trainer Team;北海道陸上競技トレーナーチーム)は、 北海道内の陸上選手をサポートすることを目的としたチームです。 選手のより良い競技活動のため、医療などの資格を持つトレーナーが集まり活動しています。

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