【傷害予防シリーズ4】腰椎分離症

今年度から開始した傷害予防シリーズ,第3弾は「腰椎分離症」です.

前回の疲労骨折の一部ですが,中高生に多く,手遅れになると骨がくっつかずに慢性的な腰痛を抱えるリスクもあるため注意が必要です!


病態 

 背骨=脊柱は椎骨という骨【図1】がつながったものであり、部位ごとに

  頚椎(けいつい=首の骨7個)

  胸椎(きょうつい=胸の骨12個)

  腰椎(ようつい=腰の骨5個)

という総称があります。それぞれの椎骨は上下の関節突起という部分でつながっており、上から何個目の骨かを示すために第○腰椎、のように名前がついています。

 腰椎分離症とはいわゆる腰の骨の疲労骨折です。「分離」とは椎骨の後ろ側のリング状の構造、椎弓の中でも関節突起の間の部分の連続性が断たれた状態のことを指します。


 分離するとCT(骨の断面を撮影する検査)やMRI(筋肉や靭帯・炎症反応など骨以外も撮影できる検査)では【図2】のように見えます。


 腰椎分離症は多くは第5腰椎に発生し、10%程度は第4腰椎にも発生すると言われています。ちょうど骨盤のすぐ上、ウエストより少し下で一般的な「腰」のイメージの部分です。特徴的な症状は、腰を反らせたりひねったりする運動を行った際に分離した腰椎周囲に生じる疼痛です。

 一般的には骨密度の低い小学生〜高校生のジュニア期に多く、腰椎に繰り返しのストレスが加わることで生じます。悪化すると、偽関節(完全に骨折部がくっついた"骨癒合"という状態にならず、骨折部が異常な可動性を示す後遺症)状態に進行してしまいます。

 骨折の進行程度によって、初期、進行期いわゆる不全偽関節、末期いわゆる完全偽関節の 3 期に分類でき、病期に合わせて治療法も異なります【図3】。

 初期状態だとレントゲンでの判別が難しいため、分離症が疑われる場合には専門の病院でMRI検査を受けることが重要です。MRIではより早期発見ができ、この早期の段階での診断で運動の休止やコルセットによる腰への負担軽減を行うことで完治できることも示されています(大場、2008)。

 しかし、適切な治療をせずに放置してしまうと前述した完全偽関節状態となり、骨が元どおりにくっつくことはありません。慢性的な腰痛に悩まされたり、将来「分離すべり症」といって腰椎が前方にずれてしまい痛みや神経症状を生じる病態に変化していくともいわれており、注意が必要です。



発生機序と要因

 腰椎の関節部分は腰を反らせたりひねったりする際に上下・左右に動きますが、通常時にはたくさんある椎骨が少しずつ動くことでストレスを分散しています。また、骨盤の動きとも連動することで、より大きな可動性を得ています。


 例えば、体をひねる動きに関して胸椎の方が腰椎よりも得意な構造となっています。しかし,胸椎の周りには肋骨や肩甲骨などがあり動きが固くなりやすいため、代わりに腰の部分で必要以上にひねること・その動作をスポーツ中に繰り返し行うことでストレスがかかってしまいます。


    陸上競技における分離症はハードルの選手に多く、左右非対称のフォームで走り、ハードルを越す時に上体を前傾させつつ体をひねることによって、腰椎への負担が大きくなるからではないかと言われています(ジュニアアスリートをサポートするスポーツ医科学ガイドブック、2015、メジカルビュー社)。

 また、投擲選手においては分離症を含め腰痛を訴える選手が多いとされます。これは投擲動作では下肢で生み出したエネルギーを投擲物に伝達する際に1度で大きな負荷に抗する力が体幹部に求められ、さらに体幹をひねる捻転動作が投擲におけるより大きなエネルギー発揮のために必要とされています。そのため、胸背部の可動域が不足していたり体幹捻転動作を腰椎のみに頼って行おうとすると腰部に負担がかかると推測されています(松尾、2018)。


 その他にも、腰を反らせる場合には骨盤が連動して一緒に動いたり、別々に動いたりすることが必要ですが、この動きはハムストリングスなど骨盤周囲の筋肉の柔軟性や体幹の固定性に大きく影響されます。【図4】


 このような状態の短距離選手において、クラウチングスタートで体幹屈曲位から大きく体を起こしていくことや反り腰での中間疾走が、大きな負担になっているとも言われます(ジュニアアスリートをサポートするスポーツ医科学ガイドブック、2015、メジカルビュー社)。



治療方法

 治療としては病院で医師の診断を受けた上で、手術をしない保存療法が主体です。

 初期〜進行期の場合は骨癒合が期待できるため、医師の指示によりすべてのスポーツ活動を休止します。このとき硬性コルセットを装着して過剰に腰椎が動かないようにすることで負担を軽減します。装具装着期間は基本的に骨癒合が得られるまでとされており、レントゲンなどで医師に定期的に評価してもらいながらスポーツ復帰には3ヶ月〜半年を要します。


 末期またはコルセットで骨癒合が得られない場合は、痛みを管理しながら軟性装具を装着したスポーツ復帰を許可されていきます。痛みには必要に応じて消炎鎮痛薬や筋弛緩薬・下肢痛(神経根性疼痛)に対して神経ブロック療法など薬も併用することもあります(ジュニアアスリートをサポートするスポーツ医科学ガイドブック、2015、メジカルビュー社)。


 病院では同時に理学療法士などの指導によるリハビリテーションが処方されることが多く、初期〜進行期のリハビリは硬性装具装着下で行います。【図5】にリハビリの例を上げます。



予防方法

 予防としてはリハビリ同様、腰部にかかるストレスを周囲の関節や筋で分散させることが重要です。

 【図6】は硬さのセルフチェックの一例です。



 それぞれ確認してみて、自分の硬い部分は特に重点的にストレッチを行うようにしましょう。他にもお尻周りの筋肉も硬くなることで股関節・骨盤の動きを制限してしまうので、特に練習で疲労したあとのクールダウンの際などにはしっかり柔軟性を維持するようにしましょう。疲労が貯まると筋肉は硬くなるので、さらに動きにくくなってしまいます。【図7】は代表的なストレッチの方法です。


 また体をひねる運動に必要な胸椎の動きを出すための運動としては、【図8】のように肩甲骨周囲のストレッチや腰を固定した状態で体をひねる運動などが挙げられます。すでに腰痛がある場合は無理に行ったり勢いよく行わず、少しずつ・ゆっくり実施してください。


 柔軟性とともに体幹の固定性も非常に重要で、腰に負担をかけずにストライドを確保したり素早い動きを行うためには体幹を固定して足を大きく動かすことが必要となります。

 体幹の構造上、肋骨と骨盤の間のお腹の部分には骨がなく筋肉で支えています。体幹の筋力には起き上がったり捻ったりする働きと、このお腹の部分を中から圧をかけて支える働きがあります。

 基礎筋力や瞬発力はいわゆる「腹筋運動」でつけることができますが、支える働きは姿勢を維持するような前回の疲労骨折の回で紹介されていた体幹トレーニングや、様々な姿勢や動作の中でお腹に力を入れてバランスを取るような【図9、10】のようなトレーニングで鍛えることができます。


 動作の中でそのような姿勢を保つ筋群を使うために、【図11】のような片足立位のチェックポイントを意識しながら、腿上げ歩行やランジウォークなど基本動作練習の際にお腹に力を入れて必要以上に腰が曲がったり反ったりしない動作を身につける事が考えられます。この動作を意識しなくてもできるように繰り返すことで、走行中の姿勢の安定化につながるかと思います。

 以上,分離症に関するまとめでした.わかりやすく記載するため一部専門用語を避けたり,先行研究の一部のデータのみを紹介しております.わかりにくい部分やご指摘がありましたら,コメント欄をご活用ください.

 第5弾は「足関節捻挫」です.月に1回更新していきますので,ご期待ください!

HATT 北海道陸上競技トレーナーチーム

HATT (Hokkaido Athletics Trainer Team;北海道陸上競技トレーナーチーム)は、 北海道内の陸上選手をサポートすることを目的としたチームです。 選手のより良い競技活動のため、医療などの資格を持つトレーナーが集まり活動しています。

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