【傷害予防シリーズ3】疲労骨折

今年度から開始した傷害予防シリーズ,第3弾は「疲労骨折」です!

トップ選手が疲労骨折により競技から長期離脱したというニュースを耳にした人も多いのではないでしょうか?


●病態

疲労骨折とは,通常では骨折を起こさない程度のストレスが繰り返し加わった場合に生じる骨折のことです.通常,骨には自己修復能力がありますが反復的なストレスによる骨の微細損傷がその範囲を超えると疲労骨折に至ってしまいます.これに対して,転倒や事故などにより骨に強い外力が加わった場合に生じる骨折を外傷性骨折といい,一般的な骨折のイメージはこちらであると思われます.このように疲労骨折と外傷性骨折は骨折の原因による分類にあたります.


ほとんどのスポーツには走行やジャンプ動作が伴うため,体重のかかる下肢の骨には疲労骨折が生じる可能性があります.特に陸上競技ではいずれの種目においても同一動作(走行,ジャンプ,踏み込み)の反復練習が多くなりやすいため,特定の部位にストレスが蓄積されやすく疲労骨折を起こす危険性が高いとされています.疲労骨折が生じやすい部位に関して,すねの骨(脛骨)が全体の約50%,次いで大腿骨中足骨が多く,この3部位で約85%を占めると報告されています(大西,2016).また舟状骨や,発生頻度は低いものの腓骨にも生じることがあります(大西,2016).

発症年齢は男女ともに12~13歳以降であり,16~17歳にピークをむかえると報告されています(大西,2016).


疲労骨折のリスクファクターとして,女性選手においては低骨密度,月経障害の既往,下肢の体脂肪率低値,低脂肪制限食,脚長差などが報告されています(Bennellら,1996).特に女性長距離選手においては過度なトレーニングに由来するエネルギー状態の不良によりFemale Athlete Triad(FAT)と呼ばれる女性アスリートの三徴候(利用可能エネルギーの不足,無月経,骨粗鬆症)が現れることがあります.この状態に至ってしまうと疲労骨折の危険性が高まってしまうため,まずは摂取エネルギーの増加,もしくは消費エネルギーの抑制といった体内のエネルギー状態の改善が必要となります.

また,近年では女性のみならず男性においても相対的なエネルギー不足が疲労骨折のみならず様々なパフォーマンス低下に関与することが報告されています(Mountjoy, 2014).Relative Energy Deficiency in Sports (RED-S) と呼ばれており,男女問わずに相対的なエネルギー不足による心身の不調が生じるため,過度なダイエットや極端な食事調整には注意が必要です.


いずれの部位においても,疲労骨折が起きると骨折部周囲の腫れ痛み圧痛(押したときの痛み),そして熱感が生じるとされています.疲労骨折の発生初期段階においては必ずしもこれらの症状が強く出現し練習実施が困難とはなりませんが,上記の症状がなかなか改善されない場合には練習の中止や医療機関の受診が推奨されます.臨床的に,歩行や階段など日常生活程度でも痛みがある場合には疲労骨折の可能性が高いため,医師の診察を受けることが勧められます.また,発生初期段階や重症度によってはレントゲン検査でも疲労骨折の有無が明らかとはならないことがあるため,症状が長く続くような場合はMRI検査を含めた受診が勧められます.



●発生機序/要因

疲労骨折は骨へのオーバーユース障害であり,特定の部位にストレスが反復して加わることで発生します.

陸上競技に関連する下肢の疲労骨折の発生要因として以下のものがあげられます.


個人要因(選手自身に関する要因)

・走行時の悪いフォーム:Toe out(つま先外向き),はさみ足,体幹後傾,極端な足底外側荷重

・生まれつきの骨の形(X脚,脛骨の過剰な弯曲),足部の形態異常(回内扁平足,外反母趾)

これらにより足接地時の衝撃吸収能力が低下したり,足底への体重のかかり方が変化したりすることにより,すねの骨(脛骨)や足の甲(中足骨,舟状骨)へのストレスが増加する可能性があります.


トレーニング要因(トレーニングに関する要因)

・ランニングやジャンプなど骨に強いストレスのかかる練習の行いすぎ

・練習量の増加や休息日の減少(疲労の蓄積

強いストレスのかかる練習の行いすぎや練習量が増加することにより,骨へのストレスが蓄積し疲労骨折に至る可能性があります.これは正しいフォームや骨の形が正常であったとしても生じることがあります


環境要因(練習環境に関する要因)

・アスファルトやコンクリートなど固い路面でのトレーニング

傾斜のある路面での反復的なトレーニング

クッション性の低いシューズやスパイク,靴底のすり減り

固い路面や傾斜のある路面でのトレーニングでは足接地時の衝撃が大きくなったり,特定の部位にストレスが集中したりする恐れがあります.

またクッション性の低いシューズは地面からの反発力が強い反面,骨や関節へのストレスも大きくなります.靴底のすり減った靴も足への体重のかかり方が変化し,同様に特定の部位にストレスが集中する可能性があります.


実際にはこれらの要因の中のひとつだけが原因となり疲労骨折が発生することはまれであり,いくつかの要因が組み合わされることにより生じるものと考えられています.上で挙げられた要因それぞれに留意することが大切です.



●治療法

疲労骨折が見つかった場合,基本的には運動禁止・安静が指示され骨の癒合を待つこととなります.骨折部位やその程度により異なりますが,一般的には数週間~数か月の安静が必要とされています.


手術をしない保存療法では一般的にアイシングや免荷,理学療法,消炎鎮痛剤の投与,足底板の処方,骨癒合促進のための低出力超音波パルス(LIPUS)などが行われます.また,ストレッチや筋力強化は骨癒合と並行して行われる必要があるとされています(Brukner,2000;Mathesonら,1987).しかし,脛骨の疲労骨折の場合ふくらはぎのストレッチは症状を悪化させ骨癒合を遅らせてしまう可能性も指摘されている(Beck,1998)ため,治療の進行に関しては医師や理学療法士などメディカルスタッフのアドバイスに従うようにしましょう.


このような保存療法を4~6か月間実施しても骨癒合が認められない,または骨折部位が偽関節化し癒合が期待できない場合には髄内釘や骨穿孔,骨掻爬,骨移植等の手術療法が行われることがあります.これらの手術療法により,約2か月後には運動再開が可能といわれています(Brukner&Khan,2001).



●予防法

疲労骨折を予防するためには日頃からの予防が重要です.上述の発生要因ごとに解説していきます.


個人要因(選手自身に関する要因)

・走行時の悪いフォーム:Toe out(つま先外向き),はさみ足,体幹後傾,極端な足底外側荷重

このようなフォームが認められる場合には修正した方が良いかもしれません.良いフォームで動作を行ううえでは足関節や股関節の可動範囲ふくらはぎや大腿前後の筋肉の柔軟性,そして体幹の安定性下肢の筋力が必要となります.日々の練習により筋肉の柔軟性が低下し,関節の可動範囲が制限されることがありますので図のストレッチ,体幹安定化エクササイズ,そして股関節周囲筋エクササイズにより身体の状態を維持,改善することが大切です.ただしフォームの変更によりパフォーマンスが低下することもありますので監督,医師,メディカルスタッフなどとよく相談しましょう.


・生まれつきの骨の形(X脚,脛骨の過剰な弯曲),足部の形態異常(回内偏平足,外反母趾)(図3)

生まれつきの骨の形や足の形などを変えることは難しい場合が多いため,必要に応じてインソール(足底板)テーピングを使用することもあります.


トレーニング要因(トレーニングに関する要因)

・ランニングやジャンプなど骨に強いストレスのかかる練習の行いすぎ

・練習量の増加や休息日の減少(疲労の蓄積)

スプリントや跳躍練習など衝撃の大きな練習を連日実施しない,同一メニューや同一方向の走行ばかりを実施しない,練習量を増やした翌日は落とすもしくは休息日とする,定期的に休息日を設けるといったように練習内容や質,休息日に留意しましょう.


環境要因(練習環境に関する要因)

・アスファルトやコンクリートなど固い路面でのトレーニング

・傾斜のある路面での反復的なトレーニング

・クッション性の低いシューズやスパイク,靴底のすり減り

固いもしくは傾斜のある路面でのトレーニングを過剰に行わないようにしましょう.ウォーミングアップ・ダウンや練習量・質を落とすような際には芝生や土といった柔らかい路面を走ることもおすすめです.また,使用するシューズの選択や交換時期についても注意が必要です.



 以上,下肢の疲労骨折に関するまとめでした.わかりやすく記載するため一部専門用語を避けたり,先行研究の一部のデータのみを紹介しております.わかりにくい部分やご指摘がありましたら,コメント欄をご活用ください.

 第4弾は「腰椎分離症」です.月に1回更新していきますので,ご期待ください!

HATT 北海道陸上競技トレーナーチーム

HATT (Hokkaido Athletics Trainer Team;北海道陸上競技トレーナーチーム)は、 北海道内の陸上選手をサポートすることを目的としたチームです。 選手のより良い競技活動のため、医療などの資格を持つトレーナーが集まり活動しています。

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